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貯金ゼロ、人脈ゼロ、資格無しで起業した男の話その12

*何と!30代で引きこもり生活へ

 

 

んにちは。
新垣覚です。

 

 

前回は突発的に会社を辞め、色んなショックもあって引きこもりになった事を書きました。

当時の私の置かれていた立場はかなり複雑でした。

 

 

商社に正社員になれずにアルバイトしている時に私は現在の妻のお父さんが所有しているアパートに住んでいました。

 

 

会社の隣に住んでいるのは何かと不都合も多いので使っていない部屋を使わせてもらっていたのです。もちろん突発的にせっかく正社員になれた商社を辞めたなんて言えませんでした。

 

 

ですから仕事が無い状態を見られたくないがために日中はまるで住んでいる気配を消すように部屋に閉じこもり、彼女のお父さんやお母さんとは会いにくい夜に外に出るという生活になりました。

 

 

夜中というか早朝のコンビニに求人誌が入荷するのを待ち、新しい就職先を探す日々が続きました。既に経歴にいくつもの傷がついているので再就職は困難を極めました。

 

 

その時も相変わらず、輸入車業界の求人を中心に探していました。でも、私が逃亡した業界最高峰の商社と比べればどこも笑っちゃうような悪い待遇でした。

 

 

「選べる立場ではないのに選ぶ」そんな矛盾な行動をしている事は自分でも理解していたのですが「慎重にしないと、本当に就職できなくなる」という恐怖が私の判断を狂わせていました。

 

 

ずるずると無職期間が伸び、いよいよ私は身動きがとれなくなりました。体調もどんどんおかしくなり、人には合わなくなり「このまま死んじゃえばラクかな」という考えが頭をよぎるようになりました。

 

 

彼女に会う事もイヤで人間不信が募り、何を自分は求めていて、どこに向かいたいのか?も全く分からなくなっていました。

 

 

そして、ある日気づきました。「沖縄に戻りたい」という感情に。

 

 

それは病んでいたからでも、家が恋しくなった訳でもありませんでした。直感的に気づいた感じでした。でもよく考えるとこの感情はとっくに捨てたつもりでした。

 

 

両親にも「沖縄には戻らない。本土で骨をうずめます」と宣言していました。そう。一度は沖縄を完全に捨てたつもりだったのです。

 

 

当時はインターネットで求人が見れませんでした。沖縄の求人誌を郵送してもらい、沖縄での仕事先を探しました。もう迷いはありませんでした。

 

 

そして、沖縄で老舗の輸入車ディーラーでの仕事を探しあてます。面接試験のために一旦、沖縄に戻り受験しました。そしてめでたく採用の連絡をもらったのです!

 

 

その会社の社長は空白期間はあるけれど本土の輸入車業界の一線でやってきた経験を評価してくれました。その御恩は一生忘れないです。引きこもり生活に終止符を打ち、やっと社会復帰と故郷の沖縄に帰れるきっかけを創ってくれたからです。

 

 

私は当時の彼女(今のカミさん)と一緒に沖縄に移り住みました。人生はどこで何が起きるか分かりません。どん底生活から一転。新しいキャリアと結婚生活がスタートしたのです。

 

 

でも、この経験も起業までのプロセスに過ぎませんでした。(次回に続く)

 

 

 

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