森喜朗会長の差別発言から考えること


 

こんにちは。
新垣覚です。

今回はビジネスとはあまり関係がないのですが、少し感じたことがあったのでこのブログでも書いていきたいと思います。

 

日本のオリンピック組織委員会の会長の森喜朗氏が女性に対して差別的な発言をしたと言うことで話題になっています。

 

東京オリンピックのボランティアが参加を辞退したりと、東京オリンピック自体を揺るがしかねない問題になっていますが、個人的には今回の問題がある種、異様に見えました。

 

その辺を徒然と書いてみます。

 

森喜朗氏を吊るし上げるだけでいいのか?

はっきり言えば森喜朗氏は首相時代から暴言や失言が多い人です。そのような人をあのような要職に置くのがそもそも問題だと私は思います。関係者は疑問に思っても言えない雰囲気があったのでしょう。

 

その裏にはあのような人を要職においても結果としてオリンピックの果実が得られれば構わないとい既得権のある人が周りに多くいたのかもしれません。

 

どうであったとしても日本の中にある悪い習慣が投影されているように感じます。インターネットの発達により、世界は今までよりあっという間に狭くなってきたと思います。

 

1人の少女の勇気が世界中を変えたり、ある人の発言が世界中を勇気づけたりと情報は一瞬で世界を回ります。世界は確実に狭くなっています。

 

 

でも日本だけがいまだに昔と変わらない井の中の蛙的なところでぬくぬくとしているような印象を今回の事件では受けました。

 

結局、森喜朗氏のような人に要職についてもらえば話が早く済むとか、話がまとまるなどと言う思惑がありこのような人選になったと思います。

 

もしかしたら本人が強く望んでこの仕事をしているのかもしれません。それはわからないのですが、とにかくあのような失言や暴言の多い人が要職に就いていることに疑問も抱かず、またそれが議論されることもないまま進む日本の社会の怖さを感じました。

 

言うまでもなく、いつかはあのような失言で事件になると言う事は誰でも予想できたし、それがオリンピックと言う国際的な舞台を出起きた時日本に与えるダメージはどれぐらいのものか?と想像した関係者はいなかったのでしょうか?

 

私はきっと、適切な人材がいたにもかかわらずこのような人がトップに就いたと思います。

 

これが日本の社会の闇なのではないかと感じています。

 

変えるべきは日本社会の闇

森喜朗氏の事件に違和感を感じている時、昨日こんなニュースが目に入りました。沖縄県の那覇市で数年前に起こったいじめ事件の件です。

 

結論から言うと第三者委員会で学校や教育委員会の対応が不適切であったことが指摘されました。

 

このいじめの事件は、ある少女が、中学1年生の時に同級生から厳しいいじめにあったことが発端でした。

 

2年生になりそのいじめグループの子たちと別のクラスになったため一旦はいじめが収まったようですが、情報が共有されずに3年生になり再度いじめのグループの子と同じクラスになり、その少女は不登校になってしまったと言うことです。

 

それだけではなく、学校では事件の対応についての記録やメモなど存在しないと言い張ったようですが、実際はありました。

 

また教育委員会もこの事件についての記録などがほとんどなかったと言うことです。

 

結局、「誰も責任を取らなくて良い」と言う最悪の事態になりました。

 

今回の森喜朗氏の事件も同じような構図だと思います。

 

結局日本では、責任が曖昧にされ責任を取らなくても良いと言う形がいたるところにあります。

 

それが政治や学校社会いろんなところであると言うところに日本のこの問題の闇の深さを感じます。

 

じゃぁ、お前はその解決について何か知っているのか?と問われれば返す言葉がないのですが、少なくとも今回の森喜朗氏の事件は、あの人を吊るし上げて辞めさせても何も終わらないと感じています。

 

きちんと責任が所在が分かる状態にして、責任を取れる社会それが今の日本には必要なのではないでしょうか?

 

子供たちが犠牲になっていると思う

まだ子供が中学生なので、日本の教育に関わることが多いのですが、やはり日本の教育はおかしいと思います。

 

特に校則と言うのは百害あって一理なしとすら言えます。個性的な人格を育てていくことを目的にしているのに、校則でがんじがらめにするなんてほとんど逆の世界です。

 

生徒には厳しいスタンダードを求め、先生方は意外にもだらしない格好で授業したりします。

 

この中で生徒がどんな気持ちで授業受けているのでしょうか?どんな思いで学校生活を送っているのでしょうか?

 

うまく言葉にできないのですが、責任の所在が曖昧と言うことで、学校の問題や今回の森博嗣の問題は深い部分で猫が繋がってるように感じます。

 

ではどうすれば良いのか?

これは私なりの考えなのですが、校則や、社会のルールも含めて日本はもっと自由であってほしいと思います。

 

もちろん公序良俗に反することなどは絶対にだめですが、くだらないルールや風習があまりにも多すぎると思います。

 

そのようなくだらないルールや風習があるが故に長老であるだけで権力の座についたりと言うおかしなことが起きているのだと思います。

 

もちろん、素晴らしい長老の方もいますが大体の場合そのような方は冷遇されています。

 

おそらく今回森喜朗氏は辞任に追い込まれるでしょうが、このようなムーブメントは一過性になりがちですが、ゴールはまだその先だと思います。いろいろな日本の社会の闇に一人一人が声を上げていくこれだけでも自体は大きく動いていく可能性が出てくると思います。

 

まとめ

今回はあえて感じたことをそのまま書いてみました。勉強不足な点、認識不足な点もあると思います。

 

でも、私は小さくても声を上げていくことが大切だと思います。小さな声が集まればそれはいつか大きな声になり現場を変えていくと思います。日本人は諦めているのかそういう普通の事ができない社会になっていると感じます。

 

今回の事件が、日本を変える大きなきっかけになればと願うばかりです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今年で起業して10年を迎えました。10年前に貯金ゼロ、人脈ゼロ、資格なしで起業しましたが現在全国にクライアントをもつまでになりました。流行りのノウハウに惑わされることなく基礎を固めながら10年続く足腰の強い本物のビジネスをしませんか?